戸建てで楽しむ趣味ライフ
累計部数760万部(※)を超える隠れたベストセラーをご存知でしょうか。2005年に刊行され、現在も新刊が書店に並び続けている『大人の塗り絵』シリーズです。国内外の風景、植物、おもちゃなど、さまざまモチーフで展開され、おうち時間が増えた今、ますます人気を集めています。今回は、風景画シリーズの原画制作を担当している画家の門馬朝久さんに、塗り絵の魅力についてお話を伺いました。
(※)2020年9月時点。『大人の塗り絵』全シリーズを含む。
門馬 朝久さん
1952年、北海道生まれ。中学のときに千葉へ引っ越し、以来ずっと千葉暮らし。建築家を夢みて絵の勉強を始めたが、絵を描くことがおもしろくなり、東洋美術学校卒業後、イラストレーターになる。イラストを描く者にとって一流の証であった科学雑誌『ニュートン』の挿画を、長年にわたって手掛ける。2005年から全国を放浪して風景画を描き始め、その絵を『大人の塗り絵』シリーズに提供。現在も精力的に創作活動を続け、定期的な塗り絵教室を千葉県習志野市と、都内(JR東日本 大人の休日倶楽部 大人の塗り絵講座)で開講している。
門馬朝久 Official Website:http://mommatomohisa.com/
――そもそも大人の塗り絵とは、どういうものなんでしょう。子どもの頃にやった塗り絵とは何が違うのでしょうか。
絵を描くというのは、実は数学的な行為なんですね。レオナルド・ダ・ヴィンチを思い浮かべてもらうといいかもしれません。彼はイタリアのルネサンス期を代表する芸術家でありながら、すぐれた科学者でもあった。彼の素晴らしい絵は、ほとんど数学的なテクニックで描かれています。そういう数学的な要素も加味しながら楽しんでいくのが大人の塗り絵です。ただ色を塗るということではありません。
でもそう言ってしまうと、私にできるかしらと二の足を踏んでしまうかもしれませんが、あまり難しく考えず、基本的なテクニックを覚えて少しずつやっていくことで、誰でも楽しめるようになります。
画像提供:河出書房新社
――どんなきっかけで『大人の塗り絵』に原画を提供するようになったのでしょうか。
仕事で請け負っていたイラストは、徐々にパソコンで描くようになっていきました。でも私は、やっぱり自分の手で絵を描きたいという思いを捨てきれずにいたんですね。そんな時、妻が亡くなったことをきっかけに、放浪の旅に出たくなり、古い家屋や茅葺きの家があるような、日本の昔ながらの風景を探して、スケッチして回っていました。
そんな旅のある日。母の顔を見に実家に寄りました。すると、テーブルの上に『大人の塗り絵』が置いてあったんです。どんなものなんだろうとページを繰ってみると「今スケッチして回っている絵がそのまま使ってもらえるのでは」とピンときました。そこで、ダメもとで出版社に連絡してみることにしました。
私はまずサインペンで線画を起こしてから彩色するスタイルでスケッチしていたので、その線画を見てもらえれば、採用してもらえるのではないかと思ったのです。
実際に編集長にお目にかかってみると、とんとん拍子で出版が決まり、そこから早いものでもう12年が経ちます。
――定期的に塗り絵教室を開かれていますよね。どんな方が楽しまれていますか。
教室に参加されている方は、とても行動的で、前向きな人が多いですね。やる気にあふれているというか。大人の塗り絵と題しているので、年配の方が多いですが、お子さんを連れてご家族で参加されている方もいます。
そしてほとんどの方が辞めません。大人の塗り絵の楽しさにはまってしまうんです。
――それだけみなさんが塗り絵に惹きつけられるのは、どうしてなんでしょう。
絵を描くには「デッサン」と「色彩感覚」の両方が必要です。デッサンは色彩感覚とはまったく異なるもので、数学的な要素が絡んでくる。ここで、つまずいてしまう人も多いのです。塗り絵なら、線画はすでに描かれているわけですから、デッサンのプロセスが要らない。それだけでグッと敷居が低くなって、いつの間にか楽しさの虜になってしまうんですね。また、基本的にはお手本を見ながら着色するので手軽に始められ、模倣とはいいながらも達成感が得られるということもあると思います。
でも、子どもの塗り絵ではなく大人の塗り絵と言えるように完成度を高めるには、彩色にもそれなりのテクニックが必要で、教室ではそのあたりを教えています。では、教室に通わないと上手くならないのかというと、実はそういうことでもありません。シリーズ本を購入され、ご自身で楽しんでいらっしゃる方も、お手本をよく見ることで、色彩の理論を把握していなくてもできるようになったりするのです。
やがてお手本通りでは飽き足らず、自分なりの色彩感覚を試すレベルにまで達する人もいます。そうなると教えている私自身も楽しくなりますね。
――塗り絵には、効果や効能といったものがあるとお考えですか。
色を塗っていると、だんだん夢中になってきて頭の中が空っぽになるので、ストレス発散になることがひとつあると思います。
それから、私の実体験でもあるんですが、脳のリハビリとしても不思議な効果があると思っています。実は数年前に、私は脳出血で倒れ、右半身が不自由になってしまったんです。もう絵は描けないかもしれないと不安になりながらも、入院中から塗り絵をやり続けたんですね。すると、だんだん手が動くようになって、今では左手を添えれば絵が描けるほどに回復しました。塗り絵のおかげで、手先から脳へ刺激を送り続けることになったのかなと思っています。
――今はそのことを感じさせないご様子ですが、図らずも塗り絵がリハビリになったということなんですね。ところで、千葉の風景もいくつか描かれていますよね。
中学生の頃から千葉に住み始めて、いろいろな景色を見てきました。なかでも「亀岩の洞窟」をはじめて見たときは驚きましたね。本当に美しいところです。色を塗るときのポイントは、清水のグラーデション。ここが一番むずかしいです。
画像提供:河出書房新社
それから、千葉といえばやっぱり小湊鐵道。春には菜の花と桜が一緒に咲いて、そこへ汽車が通ります。どの駅に行っても綺麗な景色が広がっていて、普段の散歩や取材でよく行っています。こちらのほうが、亀岩の洞窟よりも比較的塗りやすい絵だと思います。
画像提供:河出書房新社
――はじめてだと、どこから塗り始めたらいいかわからないですね。
塗り絵には基本テクニックというものがあって、一番遠いところ(遠景)から塗っていき、だんだんと近いもの(近景)を塗るようにします。千葉の2つの絵は水彩絵の具で塗っていますが、近景を先に描いてしまうと、近景の色がにじんでしまって背景をきれいに塗れないんです。逆に背景はたいてい薄い色なので、近景を塗り重ねることができます。
――ひとつひとつテクニックがあるんですね。
やはりそこは大人の塗り絵ですから。でも、最初は子どものように塗り絵を好きに楽しめばいいと思います。とにかくお手本をよく見て、真似をして、それでもお手本通りにはできないものです。その上で、何か違うな、どうしてだろうと考えながら続けていると、だんだん上達していきます。
つづきは後編で!おすすめの画材や、塗り方のテクニックをご紹介します。
▼河出書房新社 大人の塗り絵シリーズ詳細はこちら
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